クロガネ・ジェネシス

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第一章 激闘湿地地帯

 

大人 or 子供?



 朝7時。多くの人間が仕事に出かけたり、朝食を取るなりして忙しく動き始める時間。ルーセリア北の町エストの宿屋。その食堂の一角に5人の男女がいた。

「アルテノス?」

 青い法衣に身を包んだ金髪の女性、アーネスカ・グリネイドの話を聞き、鉄零児《くろがねれいじ》はそう返す。

「そう。エルノク国の首都アルテノス。エルノクは亜人に対する研究を推し進めている数少ない国だからね。人間と亜人の軋轢《あつれき》を無くすのに何かしら手がかりになるものがあると思ってね」

「なるほど」

 聞いて零児はまだ焼けたばかりで香ばしい香りを放つコッペパンに右手を伸ばしを一口かじる。そんな零児に左腕はない。とある戦いで失ったのだが、それは別の話だ。

 零児の右隣には黒髪をリボンでらせん状にまとめた少女、白銀火乃木《しろがねひのき》がいる。

 左側には銀色の髪の毛で、まだ幼い少女シャロン・クレスケンスがいた。

 そして、アーネスカの隣には、青い髪の毛でショートカットの女性、ネレス・アンジビアンがいる。

 聞いての通り女性ばかりの五人組《クインテット》で、男性は零児だけだ。

 零児は今でも思う。なぜこうなった? と。

 女性に囲まれていると大半の男は羨ましいと思うことだろう。しかし、当の零児はそれほど嬉しくなかったりする。

 実際零児の立場になってみればわかることなのだが、女性同士の話は男性には理解できないことがあまりにも多い。

 要するに話のネタがないのだ。

 零児自身は結構しゃべるほうだが、それでも4人の女性と上手に会話出来るほど、零児には会話をまわす能力がない。

 彼女達が女性同士にしかわからない会話を始めたら、必然的に1対1ずつの会話をするか、ほとんど黙っていることが多くなってしまった。

 それでも火乃木が自然に零児に会話を振ってくれることと、今後のことを考える上では自然に会話に参加できているから完全に孤立しているわけではないのだが。

 最初は火乃木と2人だった。後にシャロンも増えることになった。

 それだけならまだ楽だったのだが、何の因果かアーネスカとネレスまでついてくることになってしまった。

 零児は何度でも思う。なぜこうなったのだと。

「どの道、ルーセリアから出るとしたら、エルノクとアルジニスのどっちかにしかいけないから、ちょうどいいかもね」

 ネレスが邪念のない笑顔で言う。

「そういや、今まで聞き忘れてたんだけどよ……」

「ん? なに? クロガネ君」

「なんでネルは俺達と一緒に旅することにしたわけ?」

 ネルとはネレスの愛称のことだ。なぜか彼女は他人に自分の名を呼ばせるときはネルと呼ばせる。

「う〜ん。アーネスカとクロガネ君が誘ってくれたわけだからってのが1つ……」

「もう1つは?」

「ルーセリアでアスクレーターやって暮らしていても、な〜んも刺激も変化もないし、どうせならついてった方が面白いかと思ってさ」

 屈託のない笑顔で笑うネレス。

 ――そんな軽い気持ちで旅にでちゃっていいのか!?

 零児はネレス以外の女性人が旅をする理由を知っている。しかし、ネレスだけは正直よくわからないでいた。

 いつもニコニコ屈託なく笑うネレスには時折一般常識とは違う感覚を感じる。

「まあ、そんなことはいいじゃない。今は私達の旅先について話してるんだからさ」

 ――いいのか?

 そんな疑問を唱えたところでこの話を掘り下げる必要なんてないだろうから、零児は話を戻すことにした。

「エルノクってボク達行った事ないよね。どんな国なんだろう?」

「そうね。簡単に説明しておくわね」

 火乃木の疑問にアーネスカが答える。実際零児も火乃木、シャロンの3人はエルノクという国を知らない。

「エルノクはここから北のトレテスタ山脈を超えた先にある国よ。山脈そのものが国境の代わりになってるわ。そして、首都アルテノスには天を貫く2つの時計塔があって、一種の観光名所みたいになってる」

「天を貫く……」

 興味津々といった感じでシャロンが言う。シャロンはこの中で最年少と言うだけあって、見たこと聞いたこと全てが新鮮に映る。天を貫く2つの時計塔。そのスケールの大きさに、彼女は驚きを隠せない。

「興味あるみたいね。シャロン」

「……うん」

 アーネスカはそんなシャロンの心境を察知したようだ。五人組《クインテット》を組んで以来シャロンは新しい町や村を見て回るたびに強い興味を引かれていた。

 零児としてもシャロンが色んな刺激を受けて成長してくれることを喜ばしいことだと思う。最初は自分が長年世話になったアルジニスの叔父に預けようと思っていたのだが、つれてきてよかったと思う。

 アーネスカは自慢げに胸を張り、天を貫く2つの時計塔について話を始めた。シャロンが興味を示したことに反応し、火乃木も耳を傾ける。

「これは言い伝えなんだけどさ」

「……(コクン)」

「昔、エルノクを天変地異が襲った。三日三晩災害に見舞われ、最後には星が落ちてくるほどの大惨事が起こりそうになった……」

 民間伝承にはありそうな話だな。

 零児はそう思うが、話に水を差すのもよくないと思い黙っていることにする。

「しかし、そのときどこからともなく現れた2人の巨人がその星を空に押し返して、エルノクを救ったんだそうよ。その巨人に対する感謝の意を込めて、エルノクの人々は多きな時計塔を作ることにした。その結果がエルノクを象徴する、天を貫く2つの時計塔ってわけ」

「すごいね……」

 シャロンは本当にそう思ったようで、自然と笑みを浮かべながら簡潔に感想を述べた。

「そう思う?」

 素直に感想をもらえたのが嬉しかったのかアーネスカも穏やかな笑みを浮かべた。

「ついたら真っ先に見せてあげるわ。って言ってもエルノクに入れば否応なしに見ることが出来るんだけどね」

「そんなに大きいの?」

 火乃木が言う。天を貫くと言うくらいだから小さくはないだろうと零児は思う。

「大きいわよ。最上階まで階段なんか使おうものなら丸一日かかっちゃうからねぇ」

「確かにすごいかも……」

「なぁ、アーネスカ」

 そんなとき零児が横槍を入れた。聞きたいことがあったからだ。

「トレテスタ山脈が国境の代わりになってるってのはわかるんだが、だとしたら山越えでもするのか? 馬2頭も連れて」

 それはこの宿に止まるときからずっと気になっていたことだった。

 これから行く先には山脈が待ち構えている。地図を見てもそれを乗り越える以外先に進むことが出来ないことがよくわかる。だとしたら馬で乗り越えるのは不可能なのではないかと思っていたのだ。

「それなら心配ないわよ。エルノクとの流通を交わすために、トレテスタ山脈には馬で通れるように道がしっかり整備されているから、馬で行ってもなんも問題ないわ」

「なるほどね。そのことが、昨日からずっと気になってた」

 零児は言いながらボールに入っているサラダを食べようと皿によそおうとした。しかし、右手だけでは食事を取り分けることさえ上手くいかない。

「あ、ボクがやってあげるよ!」

 火乃木が気を利かせて零児の皿にサラダをよそう。

「悪いな」

「いいっていいってこれくらい! レイちゃんの左腕の代わりになら喜んでなるよ♪」

 そういう火乃木の表情は遊び相手を見つけた子供のように嬉しそうだった。

 その一方でシャロンはなんとも複雑な表情をしている。

 当の零児はそれに気づいてはいない。

 アーネスカとネレスは気づいている。この2人にとっては火乃木とシャロンの恋のバトルはいつも見モノになっていた。

 一方でシャロンが零児に抱いている思いは恋愛感情と呼べるのか? と言う疑問も抱いていたが……。

「ところで火乃木ぃ〜?」

 火乃木が零児の皿にサラダを分け入れた直後、ニヤリと表情を歪ませたアーネスカがテーブルから身を乗り出して火乃木に迫る。

「な、なに?」

 眼前に迫るアーネスカの気迫に、火乃木は妙な悪寒を感じた。

 アーネスカは小声で言った。

「あのチンチクリンのどこがいいわけ?」

「聞こえてたぞ! まな板年増女!」

「だ、誰がまな板年増女だって……!」

「おめぇだおめぇ!」

 妙な空気が店内を包み込む。零児とアーネスカ。2人ともお互いを睨みつけている。

「てめぇ人様に聞こえないように悪口を言うなんざ大した度胸だな。ああ!?」

「あ〜らごめんなさい。ちょっとした冗談のつもりだったんですけどね〜!」

「冗談でチンチクリン呼ばわりかてめぇ! まな板のクセによぉ!」

 まな板とは言うまでもなくアーネスカの胸のことだ。どういうことかは想像にお任せしたい。

「まな板まな板って……人が気にしてること一々口にしてんじゃねぇよ!!」

 アーネスカの口調が変わる。ほとんど男言葉になりながら零児に食って掛かる。

「先に言ったのはお前だろうが!」

「うっ……ぐっ」

 確かに喧嘩の原因を作ったのは自分かもしれない。しかし、お互いここまでヒートアップするともはや引っ込みがつかない。

「あ〜はいはい! あたしが悪うございました! ごめんなさいね〜!」

 明らかに誠意がこもっていない。むしろ人の神経を逆なでするような言い方だ。

 ピキッ!

 アーネスカと零児以外の3人はそんな音を聞いたような気がした。

「言わせておけばいい気になりやがって……。アーネスカ! 自らが犯した失敗も謝ることが出来ないと言うか? ああ!? いいか人間というものはそもそもお互いを尊重しあうことによって成長していく生き物である。したがってお互いを否定しあうことでは人間生きてはいけないと言えるのだ。何故なら人間は他の動物と違って考えると言う能力があり、他者を思いやる心と言うものを持っているからだ。それなのにお前はどうだ! ボソボソと陰で悪口を叩いて人の神経逆撫でして、それが社会生活を営む上で取る態度であるとは……!」

「うぅるさああ〜い!!」

「まあた始まっちゃった……」

 零児とアーネスカが不毛な言い争いを繰り広げている間、火乃木が言う。何のことかというと零児の早口のことだ。

「1度興奮するとこれだからな〜。クロガネ君」

「……」

 ネレスも火乃木に同調するように言う。シャロンはそんな零児とアーネスカのやり取りをボーっと眺めていた。

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